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広島地方裁判所 昭和49年(ワ)786号 判決

原告 株式会社ホテルローマ

被告 国

代理人 有吉一郎 高田資生 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  原告の第一期ないし第三期の法人税の確定申告に対して税務署長が、別紙(一)記載のとおり本件各更正処分をなし、更に原告に対し昭和四五年一月三一日別紙(二)記載内容の本件各処分をしたこと、原告が右源泉所得税及び不納付加算税を支払つたこと、及び税務署長が昭和四九年七月二五日本件各更正処分(第一期分昭和四五年一月三一日更正決定、第二期分同日付再々更正決定、第三期分昭和四七年六月二四日付再々更正決定)を取消したことは当事者間に争いがない。

二  請求原因5(一)の主張について

原告は、法人税についての本件各更正処分が取消されたから、それを前提とする本件各処分も当然にその効力を失い、源泉所得税の納付義務も不存在となつた旨主張する。

しかし、法人税についての更正処分と源泉所得税についての納税告知処分とは、別個の法律及び要件に基づいてなされる各独立した行政処分であり、後者が前者の有効な存続を前提にするといつた関係にもないのみならず、なるほど、法人の所得(簿外利益等)の存在という点では、更正処分における要件事実の一つが納税告知処分の前提事実と同一とみられる面もあるが、更正処分が取消される理由は種々であつて、少くとも、その取消によつてすべての場合当然に右納税告知処分も効力を失うものとはいえない。

しかして、本件ではとりわけ、<証拠略>によれば、本件各更正処分の取消は、税務署長が青色申告書提出の承認を取消す処分の附記理由に関する最高裁判所の判決の趣旨をくんで、原告に対する青色申告書提出承認取消処分を取消したために、本件各更正処分が理由附記を欠くものになつたという純然たる手続上の瑕疵を理由としてなされたもので、簿外利益の不存在といつた実体上の瑕疵を理由に取消したものでないことが認められ、右認定に反する証拠もないから、本件各更正処分の取消が、本件各処分の効力になんら影響を与えるものでないことは明らかなものといえる。

したがつて、原告の右主張は採用できない。

三  請求原因5(二)の主張について

ところで、本件各処分に対しては行政上の不服申立及び抗告訴訟の提起等がなく、同各処分が行政処分として一応確定していることは弁論の全趣旨に照らし明らかであるところ、原告は、本件納税告知は納税義務の存否・範囲を確定する課税処分ではないから、右処分が確定しても、右納税義務の存否・範囲を争うことには何ら影響を受けない旨主張するのに対し、被告は、右確定により、少くとも本件認定賞与の支払者たる原告に対しては、納税義務の存否・範囲についても不可争性を生じ、この点も含め右処分が重大かつ明白な瑕疵により無効であることが立証されない限り、右納税義務の存在範囲も否定し得ないこととなる旨主張するので、まず、この点につき以下検討してみる。

元来、給与等所得の支払者が源泉所得税を徴収して納付すべき義務は、給与等所得の支払の時に成立し、かつ同時に特別の手続を要しないでその税額も自働的に確定する性質のもので(国税通則法一五条二、三項)、納税告知は、右源泉所得税が法定納期限までに納付されなかつた場合に、その徴収の第一段階として、税務署長において支払者に対し右すでに自働的に確定した税額の外、納期限・納付場所等を示して納税を告知するものであり(同法三六条)、このような意味から、納税告知は課税処分ではなく徴収処分であると解され、したがつて、右納税告知処分が所定の期間内に行政上の不服申立及び抗告訴訟の提起等がなされないまま確定しても、右納税義務の存否・範囲等実体的な関係についてまで不可争性(確定力)を生じるものではないと解される(最高裁昭和四五年一二月二四日第一小法廷判決民集二四巻一三号二二四三頁)。

もつとも、給与等の支払者の源泉所得税の徴収納付義務(受給者の納税義務と相表裏する関係にあるが、別個のものと解される。以下単に支払者の納税義務ともいう)は、給与等の支払のときに当然に成立かつ確定するとはいえ、その義務の存在及び額が顕在的には一義的に明確でない場合もあり、そのような場合などは、税務署長が何らかの実体的(所得の存在及びその流出等)調査・判断を前提に、納税の告知という形で右義務内容を具体的に明示し、税務行政庁として初めてその意見を公にするものであり、他に右内容を明確にする手続もないことなどから、支払者において、右納税義務の実体的な存否・範囲を争つて右納税告知に対し行政上の不服申立及び抗告訴訟の提起が可能であると解される(右最高裁判決)とともに、もし、右訴訟で敗訴したような場合には、支払者の関係では、その納税義務の存在・範囲についても不可争性を生じるものと解することができよう。

そしてまた、右納税告知の前提となる簿外利益等の「所得の存在」を理由になされた法人税の関係での支払者に対する更正決定が不服申立等で取消されることなく課税処分として確定しているような場合には、その効力として、更正決定がとくに重大かつ明白な瑕疵により無効であるといつた場合の外、右納税告知の関係でも、支払者において右「所得の存在」に関する限りこれを否定し得ないものと解する余地もあろう。

しかし、本件納税告知については右抗告訴訟の提起のないのはもとより、右納税告知の前提となる「所得の存在」に関する本件各更正処分もすべて取消されているのであるから、支払者たる原告において、その納税義務の存否・範囲等実体的関係を争うのに何ら妨げはなく、この点は、むしろ被告において右義務の存在を積極的に立証すべき関係となり、そして、本件納税告知及び不納付加算税賦課決定は、原告の右納税義務の存在を前提としその基礎の上に立つものであるから、右納税義務が不存在ということになれば、原告は、右納税告知等により支払つた金員につき法律上の原因を欠くものとして不当利得返還の請求ができるものといえる。

したがつて、この点の前記被告の主張は採用できない。

<以下略>

(裁判官 渡辺伸平 三浦宏一 永松健幹)

別紙(一)、(二)、(三)、(四)、(五) <略>

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